嘘好き悪魔


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 お風呂にはいっているとき、ベッドに寝ころんでいるとき、ふとした瞬間に、アイツの顔を思い浮かべる。
 アイツは、ちょっとぬけた所もあるけど優しくて・・・。困ってる人がいたら、誰でも助けちゃう性格。だから、色んな人に好かれていて、いつも周りには人がたくさんいる。
そんな所に私が割り込めるわけもなくて・・・。
「って、なにそれっ! まるで私がアイツのことすっ、すきみたいじゃない! だっ、誰にでもデレデレしてる人なんか大嫌いだしっ!」
「嘘だな」
「え!?」
 嘘だと指摘され、私は頬があつくなるのを感じた。
 アイツのこと好きだなんて思われたくなくて、早口で喋りだす。
「だって別に顔がいいわけでもないのに、よく周りに女の子が集まってるしっ」
「じゃあ嫌いなのか? 視界に入れなきゃいいじゃないか」
「そ、そんな事出来るわけないじゃないの! アイツ右斜め前の席だし、よく・・・話しかけてくるし」
「無視したら?」
「感じ悪いじゃない!」
「誰からそう思われたくないんだ?」
「ううう、え、ええと・・・」
「結局そいつが好きなんだろう?」
「そう、なのかな・・・」
 はぁ。ため息をついてアイツの姿を思い浮かべる。それの映像は常に、周囲に女の子がいる。
 試しに数えると、同じクラスの檸檬に、隣のクラスの風紀委員、1年の子と、3年の生徒会長。4人。ライバルとしてカウントするには多すぎなんじゃないの!?
「だって、アイツの周りには4人も女の子がいるのよ!? 4人!」
「へー。お前を入れたら5人になるな」
「そういう話をしてるんじゃないのよ!」
 思わず立ち上がり、そこで気付く。今まで私が話してた相手って、誰!?
「あんた誰よっ!? ここ2階だし、どこにいるの!」
「おーおー。やっと気付いたか。ここ、ここ」
 ここ、と言われても。手当たり次第に探してみる。
 カーテンを開く。いない。というか、ここベランダ無いし。私がさっきまで座っていたベッドの下をのぞく。いない。無意味に携帯を開く。勿論違う。机の下。違う。本棚、CDラック、ぬいぐるみたち・・・。
焦って探すけど、成果はあがらない。
「上だ、上」
「上? きゃぁあああ!!」
「うわっぷ」
 言われるまま、上を見ると人がふわふわ浮いていた。驚いて手近にあったクッションを投げつけてしまった。人は天井の向こうに消えていく。
 次はどこから出てくるのかと、クッションをもう一つ手に取る。
「急にもの投げるなよ・・・。驚くだろ」
「私が驚いたら投げたのよ」
「ドアから入りまーす。よろしいですかぁ?」
「ど、どうぞ」
 クッションを構えて返事をする。コイツ、ふざけてるのかしら。
 入ってくる方向がわかれば、狙いも定められる。
 ひゅう。
 自分の喉から、息か声かも分からない音がもれた。
 ドアから入ってきた・・・いや、ドアをすり抜けて入ってきた人物は、人という枠から少しはずれているようだ。
 テレビでしか見たことのない、黒い肌。顔は端正で、モデルになれそうだ。でもいたずらっこのような、にやにやした笑いがそれを壊している。短めのまっすぐな黒髪を分けるように、右の額からはにょっきりと黒い角が生えている。
 黒を基調とした服で、おまけに黒い羽が生えている。よく見る背中にくっついてるのじゃなくて、何故か腰に付け根があるようだ。
 悪魔、という単語がぴったり当てはまる、黒ずくめの格好だ。
「羽がついてるから浮いてるんだ」
「まずそっち納得するんだな。ま、見ての通り俺は人間じゃない。何だと思う?」
「悪魔!」
 正にさっき考えていたことを口に出す。
 そう答えると悪魔はいたずらが成功したかのように、赤い目をきらめかせた。
「残念。はずれー。俺は嘘を食べる妖精さんでしたー」
「妖精はおかしい。その格好は悪魔よ」
 じっと相手を見て冷静に否定する。
 こんな格好の奴を妖精と認めたら、子供時代の夢が壊れる。普通に子供泣くわ。
 大体、妖精って言われたら小さいと相場は決まってるし。彼はどう見ても人間サイズだし。
「んんー。俺はこの格好が気に入ってるんで。妖精やら悪魔って分類はお好きにどうぞ。
 しばらくお世話になります」
 いきなり悪魔が頭を下げる。
 お世話になるって!?
 急展開に目を白黒させる私に、悪魔が説明する。
「俺言ったでしょ、嘘を食べるって。で、俺の場合、嘘をよくつく時期の人に憑くわけ。えっと・・・寄生虫みたいな?」
 首を傾げられても困る。それになんだか、寄生虫と言われるとお断りしたくなる。
「それで、私になんのメリットが?」
「まず、お前がつく嘘は全てわかる。心の片隅で思っているのと違うことを言った時とかも。好きやら嫌いやらってやつな。俺はそれが餌なんで。
あと、他人のものも分かる。これも食べられるけど、気持ちとしては前菜みたいなもんだし。
しかも、勘違いとかのような、本当は嘘だったけど本人は知らない、というパターンは見抜けない」
 さりげなく主菜扱いされた!
「よーし大体理解できたな。さっそく契約しよう」
「・・・いや、その契約の条件は?」
「お前嘘つく、俺食べる。周囲の嘘、俺教える」
 なんでそこで片言になるのよ。あと、目がマジだ。こわっ!
「契約の期限は?」
「お前が嘘をつくピークが過ぎたら。感覚は禁酒とか禁煙と似てるって。大丈夫、こわくなーい」
「ずいぶん曖昧なのね。あと、私酒もたばこもやってないから。未成年ですー。
 それに、私嘘つきじゃないし」
「最初はみんなそう言うのさ。じゃあ契約を。俺の名前は■■■■」
「え?」
 悪魔の言った名前が聞き取れなかった。
 どう再現したらいいのか分からないけど、不思議な響き。『あ』の口に開いているのに、そこから『い』や『こ』の音も聞こえるようなかんじ。
「あーすまん。俺らの名前は仲間にしか理解できないんだ。相手に名前を教える事に契約の意味があるから。お前の名前は?」
「橘 雷花よ。ねぇ、あんたはなんて呼べばいいの?」
「たちばな、らいか・・・。よし、ライだな。
 俺の名前は、昔考えてもらったんだ。リューゲ・トイフェルだ。意味もあるらしいが、忘れた」
 リューゲでいっか。ファミリーネームとか考えても面倒だし。
 ところで、さっき私のあだ名らしきものを考えてなかった?
「リューゲ。よろしくね」
「ああ、よろしく。ライ」
 ・・・気のせいじゃなかった。
「そのライって何?」
「あだ名だな。ニックネームとも言う」
「私は嫌よ、それ。3文字なんだから、端折らなくていいでしょ」
 顔をしかめると、リューゲは楽しそうに笑った。
「嘘。実はあだ名をつけられて嬉しい」
「はぁっ!?」
 意味が分からない。ずさっと後ろにさがる。
 リューゲは、それがおかしかったのかケタケタ笑う。
「じょーだんだっつーの。本気にすんなよ」
「・・・・・お前が嘘つくなぁ!!」
 私は、握りしめていたクッションを、リューゲに全身の力をこめて投げつけた。

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